前略、肉食お嬢様②―カノジョな俺は婿養子―
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(やっべ。すっげぇ眠い)
大あくびを噛み殺す俺は眠たい目をこじ開けて授業を聞いていた。
今の授業は大好きな数学、なのに眠気はピークに達している。てんてーの話がちーっとも耳に入ってこない。
そんな俺に声をかけて来たのがアジくんだ。
「眠そうだな」お盛りだったのか? と、小声でからかってくるキング・オブ・男前に違うと反論したかったけれど、相手がトントンと首筋を叩いて意味深に笑ってきたもんだから何も言えない。ああもう、なんて弁解すればいいのやら!
「本多。遊んでるんじゃない」
「ゲッ。やっべ」教科書で顔を隠すアジくんが名指しされて、黒板に呼び出しを食らってしまった。
失敗こいたと隠れて舌を出すアジくんに、ド・モルガンの法則で解けと数学教師の飯塚が言う。
「ド・モルガンの法則ってなんっすか?」
立ち上がったはいいけれど、法則がちっとも分からんとアジくんが頭部を掻いた。
途端に教室が凍りつく。
何故ならば、飯塚は“分からない”と言われるのが大嫌いなのだ。
面倒なのは“分からない”と言った途端、クラスメート全員がとばっちりを食らってしまうということ。
ひくりと口元を引き攣らせ、指し棒で黒板を叩く飯塚は「他の奴も分からないのか?」なら、本日の課題は三倍に増やすが? と脅しを口にしてくる。これがあるから飯塚は生徒間では不人気なんだよな。
クラスメートの視線がアジくんに集中する。
「ごめんって」片手を出すアジくんは能天気に笑い、本当に分からないんだと爽やかに言った。
そんな問題じゃないだろうに。
嗚呼、そして皆の視線がこっちに流れてきた。
補助奨学生はこういう時に超絶人気者になれるけれど……、やめてくれよ、俺、プレッシャーにはすこぶる弱いんだから。
「飯塚先生。俺が解きます。ド・モルガンの法則で解けば良いんですね?」
結局、皆の視線に負けて立たざるを得なかった。
黒板に向かい、短めの白チョークを持って問題を読み、解答となる式を書いていく。
片隅で思い返すのは俺の首筋の痕のこと。
これは御堂先輩がつけたキスマークだ。
彼女はあの日以降、俺の部屋で寝るようになった。
一緒に寝たことに味を占めたらしい。
俺が風呂からあがって、さあ寝るかと障子を開けたらもう彼女がいるもん。
わざわざ枕を持参。その内、枕を俺の部屋に置くようになったもんだから困ったもの。自分の部屋で寝て欲しいんだけど。
あの人、一緒に寝るだけならまだしも、寝ている間に絶対ちょっかいを出してくるんだ。悩みの種は尽きない。
今、俺が寝不足なのは彼女のせいと言っても過言じゃない。
腰を触るなんて可愛い方だ。
袂に手を突っ込んでは腹を触ってくるし、反応すれば歯の浮くような台詞を囁かれるし、それに。