前略、肉食お嬢様②―カノジョな俺は婿養子―
さすがに俺一人じゃ気まずかったから、無理やりフライト兄弟を巻き込んだ。
二人には本当に悪いと思ったけど、元カノやその婚約者と俺だけじゃ気まずいにも程があったんだ。
学食堂で宇津木先輩や川島先輩と合流したから、俺の懸念は杞憂だったみたいだけど、この面子で食事は些か居心地が悪い。
なにしろ俺と鈴理先輩が付き合っている頃から仲良くしていた面子だ。
あの頃ならまだしも、俺と鈴理先輩は破局し、彼女と大雅先輩は婚約。俺も別の相手と婚約している。接し方に困るものだ。
幸いにも皆、普通に挨拶をして会話を繰り広げてくれた。
周囲は俺と鈴理先輩の同席に、え、なに、あいつ等、よりを戻したの? みたいな顔をしてきたけど。
現段階でよりを戻せるわけないでしょーが。
俺、契約上にサインと拇印を記入して正式に婚約しているんだから!
蘭子さんお手製の弁当を口にしつつ、俺は先輩達の会話に耳を傾けていた。
それは他愛も無い日常だったり、ドラマの話だったり、これからの進路だったり。
フライト兄弟も率先して会話に入っていたけれど、俺はもっぱら聞き手に回っている。
きっと意識しているんだろうな。
元カノと席が斜め前三つ分離れているとはいえ、居た堪れない気持ちを抱いていたのだから。
変に意識している方が態度に出てしまうと分かっているのだけれど……。
もしゃもしゃとエビフライを咀嚼していると鈴理先輩が声をかけてきた。
無視したら感じの悪い男に成り下がってしまうだろうから、「なんですか?」短く返事する。
不敵に笑う彼女は今もちゃんとケータイ小説を読んでいるか? とケッタイなことを聞いてきた。顔を引き攣らせてしまう。
やっべぇ、彼女と別れてから一切手をつけてねぇや。
「今のあたしは少女漫画でいう8巻あたりの展開に立っていると思う。ケータイ小説でいえば中盤あたりだ。空、この中盤はどういう展開が多い?」
「え、あ、男の子が女の子に意地悪しちゃって泣かせる……展開っすかね」
「不正解」
「じゃ、じゃあ。告白とか! あれは胸きゅんっすよね」
「馬鹿者。告白は序盤、もしくは終盤がテンプレだ! まったく、ちゃんと読んでないな?」
いいか空。
中盤といえばまさしく修羅場ヒロインを取り合う男二人が火花を散らすところだ。
展開的にいえば盛り上がるところで、読者からしてみれば『面白くなってきた!』というところだ。
むっ、やはりこういう場合の勝負は先に付き合っていた奴が勝つと思うのが王道だ。
これで負ければ、邪道で茨道。ブーイングの嵐。
万人受けにするならば是非王道展開を狙うべきだと思うんだが……、どう思う? 空、大雅、その他の皆の衆。
「俺様は受け男にならないに一票だ」
返答に困ることもなく大雅先輩が明言した。
それほど受け男になりたくないらしい。
なったら最後、俺は哀れでかわいそうな男の娘だと泣き言を漏らしている。
……それってつまり俺が哀れでかわいそうな男の娘だと見ていると解釈しても宜しくて?
「んー、そうだねぇ。うちとしては一夫多妻制に一票かな」
川島先輩! ここはジャパーン!
一夫多妻制度はありませぬっ……、俺のお婿さんはひとりっ、じゃねお嫁さんはひとりと決まっているんっす!
「空が新たな女を作るに一票」
「それに仕置きを受ける空くんに一票」
フライト兄弟よ、本当に俺のお友達?
今をもって君達の見る目が変わったんだけど。
「そうですね。わたくし的に言えば、大雅さんがこっそり空さんを口説くという展開に一票」
イッチバン残念な展開がきたよこれ。
腐ったお嬢様が恍惚に妄想を始める。
きっとあーんなことやこーんなことをしてドキドキする展開を起こしてくれる筈!
興奮したように頬を両手で包み、期待した眼を向けられた。
そ、そんな目で俺や大雅先輩を見ないで下さいよ。俺達はノーマルっすよ!
「俺ってかわいそう」
受け男にならなくとも哀れな立ち位置にいるんじゃないか? 哀愁を含んだ溜息をつく俺様が直後、イヒッと変な悲鳴をあげた。
どうしたのかと視線を流すと、彼はぎこちなく隣に座る婚約者を一瞥。
「おまっ」なんでそこ触るんだよ、思いっきり青褪める俺様にあたし様は攻め不足なんだと肩を落とした。
ついでに腰をお触りお触り。
べろっとシャツを捲って腹部を観察する始末である。
「面に似合わず可愛いヘソをしているな、大雅。頑張れば欲情したくなるぞ」
「さ、最悪だテメッ! 何してくれるんだ!」
「何ってセクハラだが?」悪びれた様子もなく真顔で答える鈴理先輩に、「俺にすんじゃねえよ!」豊福にしやがれっ! と大雅先輩。無理やりシャツを下ろして唸っていた。
そうしたいのは山々だが玲と約束をしているものだからな、あんたで我慢するとあたし様はのたまった。
後輩や好意を寄せている女性等などがいる目の前でセクハラをされた大雅先輩は、柄にもなく赤面して最悪だと嘆く。
次いで「お前畜生だ」と悪態をつかれた。なんで俺っすか?! 俺はなにも悪くないのに!
「豊福が鈴理の我が儘を許していたのが悪い。女に攻められていたお前なんて死刑だ!」
しかも極刑を言い渡された! WHY?!
「くっそう。元気になった途端、鈴理の攻め不足のとばっちりが俺にきた! こんなの俺じゃねえ!」
定食についている味噌汁を箸でぐーるぐるかき混ぜる大雅先輩に、「大袈裟だぞ」鈴理先輩が呆れ顔で肩を竦める。