前略、肉食お嬢様②―カノジョな俺は婿養子―
財閥の生活は裕福に彩られているように見えて、時間という自由がない。
将来のため、財閥の存続の糧となるため、自分の持つ時間を費やすのだ。
自由な時間を奪われる、それは心が支配されている錯覚に陥りやすい。
十二分にその体験をしている百合子は同情を込めて吐息をつく。
「だなぁ」
大雅は軽く同調した。
自分達だって現在進行形で自由な時間が無いと嘆いているのだ。庶民出身の空は尚、窮屈な世界だろう。
「多分、玲のじっちゃんが命令してるんだろうけどよ。あそこまでやつれてちゃ…、可哀想に思えるな。あいつも逆らえる立場じゃねえし」
借金事情を知っているため、強く無理するなとも言えないし、後輩を助けることもできない。
御堂家と豊福家の事情に第三者は割り込めないのだ。財閥界に身を寄せているといえ、自分達は部外者。何も言えない。
できることといえば、気さくに声を掛けて気分を晴らしてやることくらいだろう。
(―…空)
鈴理は去った後輩に想いを寄せる。
傍にいられない苦しさと、無理しているその背中に切なさを感じて仕方がない。
今、彼はどんな思いで毎日を過ごしているのだろうか。
それすら鈴理には分かりえないことだった。
以前は当たり前のように傍にいたのに。
悔恨の念が胸を締める。
どうにも元カレの様子が気掛かりだった鈴理は、学食堂で昼食を取った後、手洗いに行って来ると口実を作って後輩の行方を追った。
居場所はお松のおかげで既に知れている。
彼は図書室で本を借りた後、とある中庭の木陰で勉強をしているらしい。
鈴理がその場に赴くと、彼は確かにいた。
が、誤報が混じっていたようだ。
何故なら語学の勉強をしているであろう彼は木の根元に寝転んで眠りこけていたのだから。
本を開いたまま眠りこけている元カレの姿に鈴理は苦笑を零し、そっと歩み寄るとしゃがんでその手を伸ばした。
木漏れ日を浴びている指先には想い人がいる。
しかし、すぐその手を止めて目尻を緩める。
「触れない約束だからな。我慢してやるさ」
こんなにも近くにいるのに触れることすら叶わないなんて、随分と安い悲恋をしているものだ。