前略、肉食お嬢様②―カノジョな俺は婿養子―
「このままアンハッピーでは終わらせないけどな」
簡単には玲に渡さない、この存在。
彼女は知らないだろう。
彼がどれだけ自分のことが好きなのか。自分がどれほど彼のことを見てきたのか。
彼女は知らない。
彼が自分のことをどれだけ守ってくれたか、自分が彼をどれだけ支えてきたか。
勿論、玲が彼をどれだけ支え、今何処で何をしているのか、自分に知る術は無い。
知らないところで確かなキズナが生まれているかもしれないし、双方に想う気持ちも出てきているかもしれない。
けれど自分達だって負けていないのだ。
どんなに彼が玲の傍にいようと、口で婚約者と言おうと、まだ彼が自分のことを意識している。
自意識過剰ではなく、想ってくれると絶対的な確信があった。
簡単に自分達が築き上げていた関係を築けるとは思わないでもらいたい。
「空」
木漏れ日を一身に受け、その暖かさに包まれて眠っている元カレに鈴理は一笑する。
「手は出さないさ。手は」
だがムービーを撮るなとは言われていない。
そのため、鈴理はイソイソと携帯を構えて彼を映像におさめる。
撮影の際、大きな音が鳴ったというのにも関わらず元カレは微動だにしなかった。
疲弊しているのだろう。
「うーむ」
携帯越しに彼を見やりながら鈴理は唸った。
つまみ食いくらいは許してくれないだろうか。
とても空腹になってきた、性的な意味で。
噛み付いてやりたい衝動を抑えながら、鈴理は携帯を下げると自分の着ているブレザーを脱いで相手に掛けた。
微かに瞼を持ち上げた彼だが、またすぐに目を閉じてしまう。
本当に疲れているようだ。
どれだけ酷使して勉強しているのか、鈴理には想像もつかない。
彼の婚約者がきっと全力でサポートはしているだろう。
陰で支えていることだろう。
癒しとなっていることだろう。
けれど、彼女は今、此処にはいない。
彼の隣に腰を下ろし、鈴理は吹きぬける風を頬で受け止めた。
傍にいるなとも言われていない。
だからこうして傍にいよう。
せめて無防備に寝ている今この瞬間だけは玲ではなく、自分が王子として、騎士として、一端の攻め女として彼を守りたい。
誰にも彼の眠りを妨げて欲しくないのだから。
チャイムが鳴り休み時間が終わるまでの、その時間までは、あの頃のように。
「攻め不足だ。腹減ったなぁ」
欲求不満を口にし、鈴理は眠り姫に向かって微笑んだ。
「Good night. Sweet dreams, baby」
必ず、迎えに行くから―――…。
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