前略、肉食お嬢様②―カノジョな俺は婿養子―
挙式当日の朝。
博紀さんに揺すり起こされた俺は鉛のように重たい体を起こし、ぼんやりと宙を眺めて欠伸を零した。
朝は強い筈なのに霞館に連れて来られてからというもの、どうしても起床に時間が掛かる。
倦怠感が半端ない。だるいの一言に尽きる。
立っているであろう寝癖をそのままに、再び重たい瞼を下ろしてうとうと。うとうと。Zzz...である。
「空さま」
博紀さんに声を掛けられ、ハッと瞼を持ち上げる。
傾いていた体を立たせ、頭を押えた。
「博紀さん……、珈琲貰えますか。ブラックで。ちっとも目が覚めなくて」
畏まりました、朝食と一緒にお持ちします。
恭しく頭を下げる博紀さんが部屋を出て行く。鍵は開けっ放しだ。
それを一瞥しつつ、俺はベッドから下りてよろよろと洗面所に入った。
鏡面と向かい合う。
そこには寝起き面全快のブサイク少年が半目で立っていた。
うっはー、マジブサイクだなおい。
冷たい水で洗顔し、軽く身なりを整えるけれど眠気は勝るばかり。
「やべー」体がどうにかなっちまってるんじゃね? 独り言を呟き、歯ブラシを取って磨き粉をつける。
口内に広がるミント味を噛み締め、ぼーっと鏡を見つめた。
シャコシャコ、シャコシャコ、歯をブラシで磨きながら今日は何日だっけ? 脳内日めくりカレンダーを確かめる。
(あ、今日だったな、挙式。晴れて俺と先輩が婚約するんだよな)
シャコシャコ、シャコシャコ。
(六日ぶりに御堂先輩と会うわけだけど元気、かな)
シャコシャコ、シャコシャコ。
(スケジュール、後で確認しておかないと。挨拶とかしないといけないのかな)
シャコシャコ、シャコシャコ。
(今晩は霞館に戻らないよな。着替えとかどーするんだろう。博紀さんに聞いてみよう)
シャコシャコ……、シャ……。
(お腹、出てないよな。締まっている体じゃない、し)
………。
歯ブラシを銜えたまま横腹の肉を抓んでいた俺は、ぐわぁあっと頭を抱えて洗面台の縁に凭れた。
能天気に歯を磨いている場合じゃないだろおい。
来ちゃったんだよ、挙式の日が!
このまま何事も無くいくと俺は御堂先輩とあはんでうふんな一晩を過ごすことに!
健全に夜を明かすこともできるだども(お布団で寝んねとかな!)、意味深なホテルの一室de挙式後に二人で過ごすなんて? そりゃもうヤッちまえと言っているようなもんだろ!
博紀さんのススメ(という名の脅し)でホテルの一室を用意してもらったけど、心の準備がちっとも追いついていない。覚悟はしているつもりなんだけど、でも、でもさぁ!
攻め女との情事って俺の想像をはるかに上回るようなことをしてくれちゃいそうなんだけど。
婚約者の性格からして、俺に抱かせてくれるとは到底思えない。経験上。
「抱いて」と言われたら、それはそれでド緊張してしまうだろうし、困惑してしまうだろうけど、「抱かせて」と言われたら俺はどうリアクションを取れば良いのだろうか?
ここは受け男らしく「優しくしてね」なんぞと甘く媚びて語尾にハートマークを付ければ良いのだろうか?
……俺がそんなリアクションして誰が喜ぶんだよ。
いや、多分攻め女を喜ばせるのだろうけれど。
ノットスチューデントセックスをモットーにしている俺にとって今晩という日は多大なストレスになりそうだ。
逃げないって言ったし、覚悟しているとも言ったし、待っているとも言ったけれど、高校生の内からそういう経験をしなくとも良いんじゃ!
嗚呼、今から緊張の連続ですぜベイベ。