前略、肉食お嬢様②―カノジョな俺は婿養子―
それどころか家族との仲に溝ができちゃいますね。これも自業自得でしょうけれど?
アイロニー帯びた表情で淳蔵を見やる楓だが支配者は笑みを崩さない。
それどころか申し出を簡単に承諾する姿勢を見せた。
財閥の人間を呼び、挙式が開かれているのにも関わらず、だ。
何を目論んでいる?
次第次第に警戒心を募らせる楓に、
「その契約を交わすには」
豊福家長男を寄こしてもらわなければ。淳蔵が飄々と条件を出してきた。
婚約を交わしているのも、借金の肩代わりになっているのも彼だ。
本人を此処に寄こし、サインを貰わなければ話にならないと伝えてくる。
簡単な条件だが、違和感を覚えて仕方がない。
言いようのない恐怖心を感じた玲は大雅に、
「豊福と連絡はつくか?」
大至急ここに寄こして欲しいと頼む。
了解だと頷き、大雅が連絡を取る。
彼の友人から一報は入っている。確かに駐車場に向かった筈だ。
しかも他の友人やガードマンの森崎達が一緒なのだから無事であることは明瞭。
なのになんだ、この言いようのない不安は。
スマホで連絡を取る大雅の傍らでは玲が血の気を引かせている。
彼女は見てしまったのだ。祖父のギラついた瞳を。
一見紳士に見えて、自分の手中に獲物をおさめたと勝ち誇っている、その凶暴ともいえる笑みを。
「ま、さか」
自分達の行動を先読みして祖父が一手を起こしたのでは?
ネガティブな思想に染まっていく玲。
その肩に真衣が両手を置き、しっかり気を持つよう声を掛けた。
大丈夫、きっと連絡が繋がり次第、彼の元気な声が聞ける。
真衣の慰めも、淳蔵がすべて握り潰してしまう。
「玲。言った筈だ。女のお前から彼を奪うことなど容易い。相応しくない人間は斬り捨てるべきだと思っている、と。
惜しい男を失ったねぇ。運が良ければ命は助かるだろうけれど」
「と、豊福に何をっ、なにをしたんです!」
「時期に分かる。もう、時期に」
支配者の嫌みったらしい笑みと同着で、「んだって!」大雅の驚愕した声音が控え室を満たした。
真衣の手から離れ、どうしたのだと大雅に縋る。
決まり悪そうにスマホから耳を離す大雅は「やられた」駐車場で一騒動起きたらしい、と申し訳なさそうな面持ちを作る。
「豊福を乗せていた待機用の車がっ……奪われた。どっかに連れてかれちまったらしい」
世界が暗転しそうになった。
「そんな」だって博紀は彼の傍にいなかったのにっ、ガードマン達が傍にいた筈なのにっ、どうして。
顔面蒼白する玲に、逆らうからこうなるのだと淳蔵が白々しい態度で同情した。
今頃、彼は素敵過ぎるドライブを楽しんでいるに違いない。
素敵過ぎて天国に行っているかもしれない。
一々人の心を抉るような言葉を吐くご老人に、さすがの楓も豹変した。
「御堂淳蔵っ、お前はそうやって人のトラウマを作る気か! 実の孫にそうやって恐怖心を与え、服従させようとする気なのか!」
「孫だろうとなんだろうと関係ない。使えない駒は使えるよう調教する。それでも無理なら斬り捨てる。少しばかりじゃじゃ馬娘の孫に刺激を与えないとな」
「っ……、だから五財盟主は嫌いなんだっ! お前等、五財盟主の起こす行動は人の傷付くことばかりだ!」
怒声も支配者の心は勿論、耳にすら届かない。
足を組みなおし、自分達の起こす反応を静観している。
嫌な眼だ。
「不味いことになっちまった。どうする兄貴? 鈴理も落ち着けよ……、すず、り?」
ここで大雅は鈴理の姿が見当たらないことに気付く。
あの馬鹿。まさか一人で飛び出したんじゃっ、血相を変える大雅に、「そういえば」鈴理さん。この部屋に一緒に入ってきましたけ? 真衣が素朴な疑問を口にする。
瞬きを数回繰り返し、大雅は思い出のページを捲る。
鈴理は俺達と途中まで一緒だった。
それは憶えている、が、部屋に入った時にはもう―――…?