前略、肉食お嬢様②―カノジョな俺は婿養子―
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ホテル最下階・駐車場にて。
紺に塗装されている軽自動車の扉が閉められた。
後部席に腰掛けた俺はボタンを押して車窓の硝子を下げる。
グラサンをかけたおっかないお兄さんがこっちを見てきた。
彼は竹之内家の身の安全を守るガードマンのひとりだ。
リーダー森崎さんの命により、男子便所にこもっていた俺とエビくんを迎えに来てくれた。
「事が終わるまでは此処でご辛抱を」
サングラスを外すと、どこにでもいそうな普通のお兄さんだ。
優男さんに見える。
それだけグラサンの威力はパないってことだよな。
俺もグラサンをかけたらおっかない少年になるのだろうか?
彼の名は安部(あべ)さん。
柔和に綻び、事が終わるまで車で待機して欲しいと告げてくる。
大丈夫、必ず自分達が守り通すから。
頼もしい言の葉に目尻を下げ、俺は安部さんに軽く頭を下げて礼を言う。
俺達のために身を挺して守ってくれるんだ。
礼のひとつでも言わないと罰が当たる。
会釈を返す安部さんが窓を閉めるよう指示し、車から離れた。
ぽつんぽつんと人の姿が見受けられる。
きっと安部さんの仲間だろう。
人気のない車達に目を光らせ、怪しい輩は近付けさせないよう声を掛け合っていた。
駐車場は仄暗い。
明かりは点いているものの、高級ホテルとは思えないお粗末な光が一帯を照らしている。
視線を持ち上げれば、安そうな電球がバチバチと音を立てていた。
ホテルの裏側を見た気分だ。
派手に飾っているところは飾るけれど、見えないところはしっかり抑えて節約している、みたいな?
「空くん。窓」
同乗しているエビくんに促され俺はボタンを押して窓硝子を上げた。
見る見る景色が色褪せていき、やがて窓の向こうの景色が黒ずむ。
安部さん達の姿が確認しづらくなった。
小さな吐息をつき、シートに背を預ける。
何もすることがなくなっちゃったな。
アジくんやイチゴくん、大丈夫かな。
御堂先輩を止めてくれたかな。
鈴理先輩達が止めてくれているかもしれない。
ああっ、博紀さんはどうなったのか。
挙式は今頃……不安は尽きない。
こんなところでジッとしていていいのかな。
自分の置かれた立場を理解しつつも、何も出来ない歯がゆさに苛んでしまう。
俺の心情を察したエビくんが軽く肩を叩いた。
俯いていた顔を持ち上げ、弱弱しい笑みを送る。
大丈夫、感情のまま飛び出したりはしないよ。
これでも立場は弁えているつもりだから。
「不安だよね」
苦笑いを浮かべたエビくんが眼鏡のブリッジを押す。うん、頷くと「やっぱりそうだよね」エビくんが深い溜息をついた。
「本多と翼くんを一緒にさせたのはまずったよね。今頃あの二人、どんな騒動を起こしているやら」
え、そっち?
唖然とする俺に、「だってさ」情のまま突っ走る本多とわが道まっしぐらの翼くんがコンビだよ? 最悪じゃないか。
エビくんがうへぇっと声を上げた。
曰く、森崎さん達のガードマンに紛れ込んで手を貸してくれないか? と、鈴理先輩の申し出があった時、逸早く食いついたのはアジくんだったとか。
それはいい。
自分も協力しようと思ったのだから。
けれどガードマンに紛れるのだから、今のままの名前じゃ不味いとアジくんは思い、あだ名をつけた。
それがアジ、エビの英語読みだったとか。
すっごく恥ずかしかったとエビくんは項垂れる。
「翼くんは翼くんで自分の直感を頼りに走る男みたいだし。参ったよ。さすが本多の友達。空くんも、よくあの子についていけるね」
「ははっ。俺もついていけないところがいっぱいよ。でもイチゴくんのああいう性格に救われているんだ。アジくんもそう。俺って友達に恵まれているよ」
勿論エビくんにも救われているからね!
もろ手を挙げてアツイ抱擁を交わそうとした、ら、避けられた。なんで避けるの!
ここは嫌々でも受け止めるところでしょう!
がびーんとショックを受ける俺に、「ごめんキャラじゃないんだ」素っ気無く返される。
エビくん、容赦がなさ過ぎる!
アジくんならノッてくれるのに! エビ二等兵酷いぃいいい!