消して消されて
そして腕をいっぱいに振り上げて唯に振り下ろした。

しかし唯は自身の反射神経のおかげで咄嗟に反応しその手が当たることはなかった。

美咲もほっと息をついた。

かわされて行き場のない手が怒りのために拳に変わる。

「くそっ!!」

男はその拳をソファに叩きつけて部屋から出て行った。

唯はすぐにしゃがみこんでいる美咲に視線を合わせた。

「大丈夫?」

「ごめんね、唯」

美咲は目に涙をにじませた。

「もう離婚すればいいじゃん。あんな奴父親でもなんでもないよ・・・」

唯は先程の男の血が自分に流れていると思うとほとほと嫌気がさした。

唯が小さい時は面倒見のよいパパだった。

しかし数年前に部長へと昇進すると会社でのストレスが溜まっているのか家で発散するようになった。

暴力という最低な形で。

「今離婚したらあなたを大学へ進学させることができなくなるわ・・・それに生活もままならなくなる」

悔しいが一家の家計を支えているのは間違いなくあの男であった。

美咲は体があまり強くないのでパートに働きに出るのは厳しいだろう。

「大学へは奨学金を借りればなんとかなるし、もし無理なら高校出て就職するよ」

唯の言葉に美咲は首を横に振った。

「唯には大学でしか学べないことを学んでほしいの。大学に行くことで就職の幅も広がる。将来の選択肢を狭めてほしくないわ」

美咲は大学へ行かずに高校を出てすぐに結婚した。

相手はあの暴力夫である。

自分が味わうことのなかった大学生活を娘である唯に経験してほしいという願いが美咲にはあった。

「分かったけど、無理しないでね。お母さん」

唯は以前より小さくなった美咲の肩に手を置いて自室へと戻った。

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