猫かぶりな男とクールな女
夏帆と遥
視界がぼやけるほどの激しいどしゃぶりの中、夏帆は白い傘を片手に、会社へと向かっていた。
昨日の灼熱の太陽はどこへ行ってしまったのか、朝方からの大雨のせいで気温は急激に下がり、傘を持つ指先がひんやりと冷える。
職場までの道のりを急ぎながらも、パンツに水が跳ねないように慎重に悪路を避けながら歩く。
雨足を避けるように、会社の裏口からに勢いよく飛び込むと、傘を丁寧に畳んでいる遥の姿が目に入った。
「木本さん、おはようございます」
「あ、夏帆ちゃん、おはよう」
目の下にクマをつくった遥の顔に、夏帆は思わず苦笑いした。
「今日も忙しいんですか?」
「うん、挙式は午後からなんだけど、その前に先月分のお客様の支払いの確認しておこうと思って。」
お互いの階を確認し、エレベーターが降りてくるのを待つ。
夏帆が、婚礼衣裳を扱うこのドレスサロンに勤めてもう4年になる。
新郎新婦の婚礼衣裳をコーディネートするのが主な仕事だ。
遥がウェディングプランナーとして勤務している結婚式場と提携している事もあって、遥は夏帆のドレスサロンによく出入りする。
それまであまり職場関係の人間と深く関わろうとしていなかった夏帆だが、遥の気さくな人柄もあり、仲良くなるまでにそう時間はかからなかった。
「…昨日、あれからまた飲んだんですか?」
「そうなのよー…うちの弘美ちゃんがなんだか、すごい浮かれちゃってて…結局2時まで付き合わされちゃった…」
「あの菅原さんが…ですか」
菅原 弘美は遥の後輩で、可愛らしい外見と、清楚で頼りなさ気な雰囲気が印象的だ。
「…どうやら、蒼介君に一目惚れしちゃったみたいなのよ」
「蒼介……?」
「あ……。」
「昨日ずっと笑ってた人ですか?」