猫かぶりな男とクールな女


ふとテーブルの上の携帯に目をやると、読まずにいたメールのせいで表示パネルが点滅していた。


―もう忘れよ…



蒼介はおもむろに携帯を掴み取ると、美奈子のメールを開いた。




『今日、18時で大丈夫ですか?』




「…………忘れてた」




先日、仕事帰りの誘いを断った埋め合わせとして、美奈子と食事に行く約束をしていたのだ。



付き合っているわけでもないのに、埋め合わせするというのもおかしな話だが…

以前から美奈子からの誘いはあったものの、蒼介は何かしらの理由をつけて断り続けてきた。


そのうち美奈子が引くだろうと思っていたのに…
その誘いは減るどころか頻繁になってきたため、嘘の理由を並べるのにも限界を感じ始めていた。


相手が自分に気がある素振りを見せると、それに対して前にもまして優しくしてしまう。
付き合う気などさらさらない。
無意識といえばタチが悪いが、立ち回りの上手い蒼介は今まで一定の距離を保ち、トラブルになることもなかった。



遥が言葉が頭をよぎる。




『猫被り……疲れない?』



…疲れないと言ったら嘘になる。
だけどこの世の中、ありのままの自分を出している人なんて本当にいるのだろうか。
愛想を振り撒かれて、気分を害する人なんていない。


女性の多い職場にいる蒼介としては、女社会で生き抜くためにも、猫を被る事に今や必然性さえ感じている。



とりあえず美奈子に了承の返信をし、ノロノロと準備を始める蒼介。






「あー……………頭痛い。」

使い過ぎた頭を冷やすかのように、冷たいシャワーを浴びた。


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