猫かぶりな男とクールな女
突然、二人の背後から思いがけない声が降ってきた。
驚きのあまり遥は椅子が揺れるほど飛び上がり、危うく椅子ごとひっくり返りそうになるのを声の主がそれを支えた。
「ど、どうしたの……………蒼介君……」
後ろに斜めった状態で見上げた先には冷たい表情の蒼介がいた。
「 なんて下世話な話してんですか。
……さすがに怒りますよ。」
支えられる体勢のまま睨まれた遥はひとたまりもない。
「あはは…………下世話だった?
……………………すみません。」
「私は全然そんな気ないですからね」
「分かってるよ。」
遥を押し返し、床に落ちた遥のジャケットを手渡した。
「びっくりしたー………って、びしょ濡れじゃん!!
どうしたの?………仕事は??」
遥の問いに答えず、無言のまま濡れた上着を脱ぎ、夏帆の隣りに腰掛ける。
夏帆は一瞬肩が触れそうになるのを避けようと遥の方へ体を傾けたが……………すぐに体勢を戻して鞄からハンカチを取り出し、「拭いたほういいですよ」と蒼介にそれを差し出すと…………………
「柊さん………………これ。」
「え………………」
ハンカチを差し出した夏帆の手にポンッと置かれたのは可愛らしい小さな花束。
季節外れの小さな向日葵とオレンジ色のガーベラをかすみ草が包みこんでいる。
目を丸くしたまま固まる夏帆。その隣で遥も状況が飲み込めず、口がポカーンとあいたまま閉まらない。
「誕生日でしょ」
前を見据えたまま、蒼介はぼそっと呟いた。
「そう…………ですけど」
夏帆が花束を膝に置いて俯いてしまったので、その表情をうかがうことができない。
「やるわね蒼介君…………」
花束が夏帆へのプレゼントだと察した遥は店員に蒼介用の熱燗を注文した。