One Day~君を見つけたその後は~
キヨちゃんはあの時、エアピアノの演奏を終えると、10本の指を机の上に置いたまま、真面目な顔でこう言ったんだよ。

「……でも、この曲を聴くたびに思うんだよね。こんなにしつこく願った“祈り”は、ちゃんと叶えられたのかな? って」


この曲を作ったバタジェフスカっていう女の人は、20代半ばっていう若さで亡くなっちゃったんだって。

病死だったらしいよ。

まだ結婚もしていなかったし、音楽家としての活動もこれからだったに違いないのに。


……可哀相だな。

そう思うと脳裏に、胸の前でしっかり両手を組んで神様に祈りを捧げる若い女の人の姿が浮かんだんだ。
一度も見たことのないその作曲家は、どこかキヨちゃんに似ていた。


「……彼女は、そんなに必死になるほど、何を祈りたかったんだろう?」

俺がぽつりと呟くと、キヨちゃんは表情を一転させて、

「やーだ。メガネってば、そんなことも分からないの? 」

って笑って。


そして、ね。
俺にVサインをしながら、こう言ったんだ。

「Love and Piece!」


それはやっぱり、流ちょうな発音で。


「年頃の女の子が祈ることと言えば、昔も今も、これしかないでしょ?」

声高にそう言うキヨちゃんは、なんだかとっても『女の子』に見えたよ。


そんなキヨちゃんと目が合った俺は、
ドキドキして、
緊張して、
ものすごく恥ずかしくなって。

その場の空気に耐えきれなくなって、軽い冗談のつもりで
「キヨちゃんからそんな単語を聞くなんて、意外だなぁ」
って言っちゃったもんだから、その時もやっぱり容赦なくパンチが飛んできたよ。


……マズいよね。
どうも俺は、口数が少ない割に余計なことを言っちゃうみたいだ。


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