One Day~君を見つけたその後は~
ロビーはしんと静まりかえっていた。

暗闇の中、自動販売機とフロントの薄明かりだけがぼんやり光っている。

ホテルにたったひとつの小さな売店も照明が落とされたあとで、人の気配はなかった。


……やっぱり、戻ろう。

タケちゃんから逃げたかっただけで、ここに目的があって来たわけじゃないし。


エレベータに乗ろうと回れ右をすると、奥の大浴場から出てくる滝田先生の姿を見つけた。

先生はお風呂上がりらしく、ボサボサの髪からはホカホカの湯気が出ている。


首にタオルを巻き付けて、ずいぶん大きい浴衣の裾を引きずりながら歩く先生は、私に気がつくと「よぉ」って立ち止まった。


「みんなはどうしてる?」

「まだ騒いでるよ」

「酒は飲んでないだろうな?」

「当たり前じゃん!」

「本当に? タバコも?」

怪訝な顔をする先生だけど、その右手には缶ビール、左手にはタバコがしっかり握られているって、一体どういうこと?


私が睨んでいるのが分かったんだろう、先生は

「俺はいいんだよ。……でもまぁ仕方ない。ここで飲んでいくとするか」

って人気の無いロビーへ進むと、一番手前のソファにずしんと腰を落とした。


なんとなく、先生のあとを追う私。

先生とこうしてゆっくり話せる機会も、もう無いかもしれないもんね……。


「先生、横に座ってもいい?」

私がそう聞くと、

「もちろん。深月も一口だけ飲むか?」

そう言って、先生はキンキンに冷えた缶ビールを私の頬に押しつけた。

「いらないよっ!……てか、飲ませちゃ駄目でしょ!」

怒る私を見て、子供みたいに楽しそうに笑う先生。


もう。
言ってることとやってることがめちゃくちゃなんだから!

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