THE CANCEL


         ‡


『ヒロ』


ふわふわとした浮遊感

後ろから聞こえる懐かしい声

ゆっくり振り向くと、やはりそこには懐かしい姿が



「おとーさん」



ふと、その時、自分の声に違和感を感じた

声が高い

別に特別低いわけではないのだが、それにしては高い


自分の手を見てみる

幼子のような手がそこにあった


(あ……これ、小さい頃の記憶だ)


『ヒロ、どうしたの?』


顔を上げると、心配そうな顔をした母がいた

腕の中には、まだ産まれたばかりの赤ん坊

懐かしいな、
と一人ふけっていると、父も寄ってきて頭を撫でてきた

クシャと乱された髪をとかしながら見上げる


『ヒロは偉いな
転んだのに泣かなかった、って園長先生が褒めてたぞ!』

『そうなの?!
ヒロ、凄いじゃないッ! 私、鼻が高いわ!
やっぱりヒロは貴方に似たのね!
嘉陽の“ヤ”に貴方の名前を付けたからかしら』

『いや、それを言うなら、嘉陽の“ヒロ”はおまえの名前じゃないか!
ヒロはお前に似て、きっと将来美人になるぞ!』


なんて、親バカな会話をしている二人

小さい頃はよく意味が分からなかったが、今聞くとだいぶ恥ずかしい内容だ


(でも、いつもこんなだったっけ)


たった一年前なのに忘れかけていた思い出

暖かいな

素直にそう思った


『ねぇ、この子はなんて名前にする?』


腕の中でスヤスヤと気持ち良さそうに寝ている赤ん坊

足も、手も、全部すごく小さい


『んー……そうだな……




美嘉の“美”と、俺の“陽”でヨシハルってのはどうだ?』

『相川 美陽……いい名前ね
ヨシハルもヒロも、立派に育ってね!』


綺麗な、優しい笑顔

暖かくて大好きだった


「……ハル」







もう叶わない、父と母の、唯一の願い
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