狂想曲
「それは、芹沢家に娘が生まれても変わらなかった。芹沢夫妻は奏と律を分け隔てなく育てた。大切に、大切に、他の何よりもいつくしんで」

「………」

「確かに奏は、本当の両親じゃないふたりに捨てられないために、勉強だ何だって頑張ったのかもしれない。でも、奏は愛されてたんだよ」

「………」

「本妻の子なのに俺は親から見向きもされずに、むしろ疎まれて育てられたってのに。ピアノまで奪われて、その代わりに、毎日のようにおふくろから恨みや辛みを聞かされて」


キョウは奏ちゃんを真っ直ぐに見る。



「なぁ、奏。俺がどれほど奏のことが憎かったかわかるか? 俺は奏のことが憎くて、そして死ぬほど羨ましかったんだ。なのにどうして奏が俺を恨む?」

「お前が出来損ないのクズだからだよ」


今まで聞いたこともないような低い声。

顔を上げた奏ちゃんの目は血走っていた。



「ピアノなんてくだらないもんに逃げることしかできなかったキョウの所為で、すべてが壊れたんだろうが!」


奏ちゃんの怒声が、辺りに響いた。


奏ちゃんはその勢いのままに言った。

それは、奏ちゃんがずっと私に隠してきたことだった。



「ある日突然、川瀬が俺の前に現れた。『役に立たない馬鹿なキョウに会社を継がせることはできない』、『奏に継がせたい』、『奏だって同じ、血の繋がった息子なんだから』って」

「………」

「俺は拒んだ。でも、父さんは『そうするべきだ』と俺に言った。その時に、あぁ、所詮は俺は、どんなに頑張ったってこの人の子供じゃないんだな、って」

「………」

「それでも俺は拒み続けた。そしたら最後には父さんも折れてくれた。でも、最終手段に打って出たのは川瀬だった。あいつは、嘘を並べて父さんの工場との取引を止めた」

「………」

「あとは律の知っての通りさ。多額の借金だけを抱える羽目になって、母さんが男と逃げて、父さんが自殺して」

「………」

「キョウがピアノしか弾けないクズだったから、俺の幸せが壊れたんだ。貧乏でもよかった。偽物でも父さんと母さんがいて、妹の律がいれば、それでよかったのに」
< 147 / 270 >

この作品をシェア

pagetop