狂想曲
「だから私は、おこがましくもキョウくんを救ってあげたいと思ったの。何かしてあげなきゃ、何かできるはずだ、って、まるでそれが私の天命にすら思えてきて」


私が一度も口をつけていないコーヒーからは、すっかり湯気は消えていた。

るりさんはふうっと息を吐いた。



「夏休みになっても、私はキョウくんが心配だったの。いつもコンビニのお弁当しか食べてないって聞いてたから、うちに呼んでご飯を食べさせてあげて」

「………」

「キョウくんはいつもうちでピアノを弾いたり本を読んだりしていたわ。きっと家にいるのが嫌だったのね」


るりさんは、そこでふと、「でも」と言葉を切って目を伏せた。



「でもね、そういう噂ってどこから出るのか、すぐに広まっちゃって。夏休みが終わってすぐに、私は校長先生に呼ばれたわ」

「………」

「『保護者から問い合わせがあった』、『きみは特定の生徒と親しくしているらしいな』、『教え子を誘惑するなんて恥ずかしくないのか』って」

「………」

「もちろん私とキョウくんの間にそんなことあるわけもなかったけど、信じてもらえなくて。なかったことを証明することもでないから、どんどん追い詰められて」

「………」

「結局、私は責任を取る形で学校を辞めたの」


るりさんは再び顔を上げ、私を見た。



「キョウくんは自分の所為だと思ってる。きっと、今でもずっと。私が考えなしに出しゃばったことをして当然の罰を受けただけなのに、キョウくんの方が責任を感じちゃってね」

「………」

「少しして、私は新しい学校で臨時職員をしたりするようになったけど、キョウくんはいつも私に『ごめんね』って言ってて」

「………」

「あれから、私たちはもう先生でも生徒でもなくなったけど、姉弟というか、いとこというか、そんな仲になったわ」


だからどうしたというのだろう。

私はカップの中の茶色く濁った液体を眺めた。


るりさんの目は、私を見つめたまま。
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