狂想曲
「お母さんがそうやって逃げたから、お父さんが死んじゃったんじゃん!」


気付けば私は声を荒げていた。

お母さんはまた目を伏せ、「そうね」とだけ。



「でもね、私だって人間なのよ。どうやったって自分を優先させてしまうし、嫌なことからは逃げたいと思ってしまうじゃない」

「………」

「耐えられなかった。壊れてしまいそうだった。だから、自分が自分じゃなくなる前に、私はすべてを捨てることを選んだの」


お腹が痛い。

痛みと、怒りで、私は唇を噛み締める。


そして改めて、私は紛れもなくこの人の子供なのだと思った。



お母さんを見ていると、今の自分が鏡の向こうから飛び出してきたみたいで。



「それでお母さんは、幸せになれたの?」


だけど、お母さんは何も答えなかった。


私はテーブルに千円札を置いて席を立つ。

お母さんはそんな私を見上げた。



「ねぇ、律。私のところに来て、新しい家族を作らない?」


私は無視してひとり店を出た。



ひどく気分が悪かった。

そして苦々しくも思ってしまう。


あれがお母さんの、今まで隠していた本心だったのか、と。



私はまた、昼下がりの炎天下の下、奏ちゃんとキョウのことを考えた。



「あーあ、嫌になるな」


逃げたところで後悔は残るのだと、私は図らずも、お母さんと会ったことで気付かされたのだから。

自嘲気味な私の呟きが、街の雑踏に混じって消えた。

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