狂想曲
「え?」


キョウは私の言葉にひどく困惑した様子だった。



「帰らないで。少しでいいから、ここにいて」


私は右手をキョウの方へと伸ばした。

キョウは恐る恐る私の手を取り、そっと握る。


そして泣きそうな顔を伏せた。



「私ね、さっき、夢を見たの」

「うん?」

「夢っていうか、過去。過去のことを思い出したの」


私は一度息を吐き、キョウを見た。



「私とキョウが、本当に初めて会ったのは、もっとずっと昔だった」


キョウは目を見開いた。

そして言葉を探すように小さく目を泳がせる。



「どうして言ってくれなかったの」

「………」

「最初から言ってくれればよかったのに」

「ガキの頃の話だろ。それに、あんな恥ずかしいこと、なんて言えばいいの」


キョウの、握る手の力が、強くなった。



「でも、“あれ”が私にとってのファーストキスだよ」

「俺だってそうだよ」


蚊の鳴くような声だった。

キョウは私の右手の甲に唇を寄せ、



「“あの時”から、俺は律のことを好きになったんだから」


キョウは震えた唇を噛み締め、顔を覆う。

私は涙を零していた。

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