狂想曲
平日の、夕方。
ホテルの最上階からオレンジに染まる街を見下ろしながら、私は、形にならないため息を吐いた。
「律、食べないのか?」
声に、弾かれたように顔を向ける。
「パパと一緒にいるだけで胸がいっぱいで」
「嬉しいことを言ってくれるじゃないか」
かっしりとしたイタリアブランドのスーツと、40代後半でも衰えを知らない見た目のその人は、ふっと笑った。
パパと言っても、もちろん父親なんかじゃない。
私のパトロンとでも言おうか、平たく言えばセフレだろうか。
どこかの会社の社長らしいパパは、いつも私を愛玩品のように扱いながら、お小遣いをくれる。
「食欲がないならデザートを頼むといい。好きなのを持ってこさせなさい」
「わーい! パパ、ありがとう!」
私は大袈裟に喜んで見せた。
パパは優しい人だ。
もちろんこんなこと、奏ちゃんは知らない。
きっと、私という存在を美化しすぎる奏ちゃんに対する、小さな反抗心もあるのだと思うけれど。
だって私は、奏ちゃんの檻の中で、奏ちゃんが喜ぶ妹を演じているだけだと、窒息してしまうから。
「それから、これ、律にプレゼントだ」
「何?」
「仕事でワシントンに行った時にな。また買ってくる約束だったろう?」
「うそっ! 嬉しい! 覚えててくれたんだ?」
日本では手に入らない、前に私が気に入ったと言った入浴剤。
喜ぶ私を見たパパも嬉しそうだった。
私はもしかしたら、誰かに囲われていなければ生きてはいけないのかもしれないと、悲しむでもなく思ってしまう。