狂想曲
月末になる、2日前。
新しい仕事はまだだけど、でも住む部屋は無事に決まり、私は、改めて、奏ちゃんに電話を掛けた。
3年間、奏ちゃんと暮らしたあの部屋に、荷物を取りに行くために。
約束の2時ちょうどに、私はチャイムを鳴らした。
かつては私の部屋でもあったはずなのに、こうして手土産片手に、よそよそしくて、そんな自分に少し笑った。
「おー、時間通りだね」
ドアを開けて顔を覗かせた奏ちゃんは、「この場合はおかえりって言うべき?」なんて言いながら、私を招き入れてくれた。
もう、奏ちゃんとふたりきりになっても、空気は昔のまま。
「これ、奏ちゃんが好きなパン屋のやつ。来る途中に、ついでだから買ってきたの」
「気が利くねぇ。でも、いいのに。他人行儀じゃない?」
「会話に困った時の話のタネにでもなるかと思ってね。私だってちょっとは緊張してるんだから」
「俺なんて『ちょっと』どころじゃないよ。もう、昨日からそわそわしてて、今朝もすんごい早く目が冷めちゃって。それから律が来るっていうんで、大掃除」
「あぁ、どおりで奏ちゃんのくせに片付いてるはずだ」
「一言余計でしょ」
笑い合ってから、奏ちゃんは、「コーヒー淹れるよ」と言った。
いつも私が使っていたカップが食器棚から出される。
それだけのことで、嬉しさと寂しさが同時に込み上げてきた。
「私、先に持って帰るものまとめるね」
向かって右側の、自室だったドアを開ける。
薄っすらと、部屋にはほこりが溜まっていた。
だから、閉め切っていたカーテンを開け、窓を全開にした。
澄んだ空気を吸い込み吐き出しながら、私は、奏ちゃんと過ごした過去を辿った。