狂想曲
奏ちゃんはコーヒーカップ片手に、ドアにもたれかかり、私の様子を眺めている。



「部屋、そのままだね」

「だって、もしかしたら律が帰ってきてくれるかなぁ、とか淡い期待もあったから」

「ぐちゃぐちゃにされてるのかと思ってた」

「ぐちゃぐちゃにしてやろうかとも思ったけどさ。でも、できなかった」

「………」

「思い出までは壊せなかったっていうかさ。そしたら本当に、もう二度と律がここに戻ってこない気がしたから」


奏ちゃんは、部屋中をぐるりと見渡した後、チェストの上に置いたままにしている、お父さんからもらったプラネタリウムに目をやった。

そして感慨深げに目を細める。



「父さんってさ、ダメなところも多かったけど、でもいい父親ではあったよね」

「奏ちゃんがそんなこと言うなんて、初めてだね」

「すべてを許せたわけじゃないよ。でも、少なくとも俺たちが子供だった頃は、本当にいい父親だった」

「うん」

「実子じゃない俺を、律と同じように育ててくれた。あの人じゃなきゃ、きっと俺は今頃グレてたはずだ」

「想像できないなぁ。奏ちゃんがヤンキーみたいなの」


笑う私を一瞥し、奏ちゃんはまたプラネタリウムを見つめながら、



「父さん、俺の誕生日にも、律と同じ、そのプラネタリウムを作ってくれたんだ」

「え?」

「まぁ、俺の場合はもらったその日に友達とふざけてて壊しちゃったんだけど。ほんと怒られた。特に、母さんに」


そこまで言った奏ちゃんは、「やめよう」と言葉を切り、「思い出話をしてたらいつまでも終わらない」と、リビングへときびすを返す。



語れば語るほど、私たちの色濃い日々を思い出してしまうから。

そしたらどんどん、別れが辛いものになるから。


奏ちゃんは、だからやっぱりいつまで経っても私にとっては“優しいお兄ちゃん”だ。

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