狂想曲
よたよたと、パパが後ずさるように足を引く。

私とレオは、何事なのかと体を起こした。



「死ねよ」


若い男の声がして、「ひぃ」とパパが声を漏らす。

朦朧としたまま、何が起きているのかわからない私とレオは、だけどもそれを理解するほどの余力はなくて。


ガタン、と、また大きな物音がしたのを最後に、部屋は急にしんとした。



錆ついた鉄のような、血生臭い匂いが鼻をかすめ、



「大丈夫?」


近付いてきたその人が誰であるのかを知り、私は、一気に全身から力が抜けた。

奏ちゃんが、血のついた手で、私の体を起してくれる。



「殺したの?」


問うたのは、レオだった。

けれども奏ちゃんは、それに答えないまま、



「『パパ』、『レオは無事なの?』、『エメラルドホテル』。律が電話してるのを聞いて、嫌な予感がしたんだ。で、来てみたら、やっぱりそうだったから」


だからって、パパのこと殺したの?

と、聞こうと思ったけど、それが私のためであることはわかっているから、もちろん言えるわけもなかった。


奏ちゃんは慣れた様子で言った。



「心配ない。ここの監視カメラがダミーなのは有名な話だ。なぁ、レオ?」

「だね」


レオもまた、ちっとも動揺した様子じゃなかった。



「逃げよう。さぁ、早く」


奏ちゃんは、私の体を支え、レオに肩を貸す。


力の入らない私は、されるがままだった。

レオは「痛っ」と顔を歪めるが、奏ちゃんは「早く」と私たちをそこから連れ出す。
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