狂想曲
ドアの近くに倒れていたパパの腹部には、鈍色のナイフが突き立っていた。

血が、薄暗い部屋の絨毯に、ゆっくりと、黒く広がっていく。



「死んでるね」


ぼそり言ったレオの言葉だけが、その場に取り残された。

私と、レオと、奏ちゃんは、扉を閉め、非常口から出て、鉄製の非常階段を、足をもつれさせながら降りた。


でも、どうしてだか、私たちは、ひどく冷静だった。



「レオ、大丈夫?」


レオは苦悶するような表情で肩で息をしながら、足を引きずり、青い顔。

頷くだけのレオに言葉はなく、相当ひどいことをされたのだろうかと、思いながら私は、何度もそれを問い掛けた。


5階から1階まで、早足で非常階段を降りる。


パパのことなんてどうだってよかった。

私たちは、とにかくその場からできるだけ遠くに行きたかった。




非常階段を降りて、裏道を抜け、人通りの多い道へ出た時、



「レオ?」


足を止めたレオを、私と奏ちゃんは振り返り見る。

レオは腹部を抑えて店の軒先に腰を下ろした。



「ぼくもう無理みたい」

「え?」

「肋骨、多分折れてる。これ以上は歩けない。だから、ふたりはぼくを置いて早く逃げて」

「……レオ?」

「心配ないよ。ぼくはぼくで上手くやるから」


何を言っているのかと思った。

でも、「わかった」と言ったのは奏ちゃんだった。
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