狂想曲
触れるか触れないかのキスの後、ふわりとぬくもりが離れて。

一歩、二歩、とキョウは私から足を引く。



「あーあ、嫌だねぇ。最後はキョウにオイシイとこ全部持ってかれちゃったよ」


奏ちゃんの声が上手く聞こえない。

轟音のような雨音が、私たちの間を割るように響く。


ふたりが歩き出して。



「行くぞ、奏」

「うるさいよ。キョウのくせに、俺に命令しやがって」


私は慌てて追いかけようとした。

だけど、2,3歩も進めないうちに、足がもつれて転ぶように膝をついた。



「……待って」


絞り出しても大きな声は出ない。

ふたりの背だけが、次第に遠くなっていく。



「待ってよ! キョウ! 奏ちゃん!」


涙声は、雷鳴と、電車が通過する音にかき消されて。

伸ばした手は、虚しく空(くう)を掻いた。


嗚咽混じりに握った拳を地面に叩き付け、私はやりきれない想いを押し殺す。



「……何で、こんなっ……」


私は、こんな“幸せ”を求めていたわけじゃないのに。

キョウと奏ちゃんを犠牲にして、得たかったものじゃないのに。


なのに、うるさくて堪らない雨音も、凍てつくような肌寒さも、何もかもが、これを夢にはしてくれなくて。






それが私の、19歳、最後の日。

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