狂想曲
キョウは煙草を灰皿になじる。

その、長い指の先もまた、僅かに震えていた。


私は恐る恐るその手に触れる。



「触んな」

「触られたくないなら振り払えばいいのに」


なのに、キョウがそれをすることはない。


静かな静かな夜。

窓の外の世界を歪ませる雨が音もなく降り続く。



「あなたは、苦しみに蝕まれて大切なことを見失ったりしないで」


よく見ると、奏ちゃんとは、言うほど似ていないのかもしれない。

奏ちゃんよりずっと細くて、奏ちゃんよりずっと疲弊してて、奏ちゃんよりずっと壊れてしまいそう。



「一度化膿してしまった傷は、そのままにしておくと、やがては腐って壊死してしまう」

「それ怖ぇな」


キョウは悲しげに笑った。



「私、あなたが眠れないのなら、ここでずっと一緒にこうしてるよ」

「何で」

「あなたは私を助けてくれたから。だから、それだけ」

「………」

「私から見れば、あなたは“悪いやつ”でも“怖いやつ”でもないよ」


今、私の内側に湧いたこの感情が、なんと形容されるものなのかはわからない。


キョウは、こうべを垂らす。

私の肩口に載った頭。



「俺はあんたが思ってるような人間じゃない」


そう言ったきり、キョウは喋らなくなってしまう。


永遠とも思えるほどの沈黙と静寂。

涙雨に濡れていたのは、一体誰だったのか。

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