狂想曲
本当にその夜は、私が過ごしてきた中で一番長い夜だった。
壁に寄り掛かり、ふたりで会話さえしないまま。
私とその人は、雨が上がり、次第に白んでいく空を、手を繋いだままただ眺め続けた。
そして世界が夜明けの色に染まる中、
「俺、女と朝まで一緒にいて何もなかったの、初めてだわ」
「私もだよ」
「あんたさぁ」
「あんたじゃないよ。律」
「あぁ、そうか。俺名前聞いてなかったか」
あまり意味をなさない会話。
だけど、ずっと無言だった私たちの間に言葉が戻ってきた。
未だ残された雨露が、朝日を浴びて柔らかな輝きを放っていた。
「キョウ」
私は初めてその名を呼んだ。
「ありがとう」
「何が」
「一緒にいてくれて、ありがとう」
キョウは肩をすくめて見せるだけ。
その時、この場に似つかわしくない無機質な電子音が響いた。
キョウは自らの携帯のディスプレイを一瞥し、舌打ち混じりに通話ボタンを押した。
「何? あー、マジか。わかった。そっち行く。じゃあな」
手短にだけ話して通話を終わらせ、彼はこちらに目をやった。
「悪ぃ。用事できたわ」
今日は奏ちゃんに外泊の連絡を入れてなかった。
無断外泊すると大目玉だし、だから奏ちゃんにバレる前に帰宅しなければならない。
「いいよ、私も帰るし」
「そうか。俺送ってやる時間ねぇけど、いいか?」
「大丈夫」