狂想曲
「ちょっと、どうしたの?! 大丈夫?!」


ただごとではないと思った瞬間、私は駆け寄っていた。

キョウは「いってぇ」とくぐもった声を上げる。



「何でいるんだよ」


舌打ち混じりに口元を拭いながら、キョウはゆらゆらと体を起こした。



「はぁ、マジでだせぇ。おまけにあんたにこんなとこ見られて、最悪だっつの」


殴られでもしたのだろうか。

暗がりではよくわからないが、でもキョウは状況のわりには口は達者に動くらしい。



「別に好きでこんなとこに遭遇したわけじゃないけど、無視するわけにもいかないじゃない」

「何で」

「だって放っておいたらあなた死ぬかもしれないでしょ」

「こんな程度で死ぬわけねぇだろ」

「そうだね。死んだらダメだよ」


私は膝をついてしゃがみ、キョウの体を抱き締めた。



「あったかい。生きてる人のぬくもりだね」


キョウは途端に何も言わなくなった。

沈黙が静寂に吸い込まれる。



「うちのお父さんね、死んだんだ。自殺。棺の中でお父さんの手は冷たかった。氷みたいだった」

「………」

「その時に思ったの。生きてる人のぬくもりほど尊いものはないんだ、って」


死んでしまったお父さんの手の冷たさは、今でも体が覚えている。


だから私はパパとの関係を続けているのだと思う。

父親にも似た人に、父親のようなぬくもりを求めながら。



私は息を吐いて体を離した。



「ねぇ、立てる?」
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