狂想曲
「触んなよ。あんた汚れるぞ」

「大丈夫だよ。私もう汚れてるから」



いや、最初からずっと、私は綺麗な存在なんかじゃなかった。



「だから、ほら、立って」


肩を貸してやると、キョウはまた「いってぇ」と言いながらも、何とか立ち上がった。

ちょっとふらふらしてるけど、大丈夫そうだ。



「まったく、どうやったらこんな怪我するんだか」


私はぼやいた。

キョウは腹部をさすりながら、



「気に入らねぇやつが多いんだよ、俺のこと。敵ばっか。まぁ、別に味方がほしいわけでもないからいいけど」


宙を仰ぐその瞳が揺れる。



「ずっとこんなこと続けてるつもり?」

「………」

「あなたがどんなことしてるかなんて知らないけど、でもこのままじゃそのうちほんとに殺されちゃうかもしれないよ」


呆れて言う私に、キョウはふっと自嘲気味に口元を歪め、



「いいんだよ、殺されても」

「え?」

「もう望みは叶ったから、あとはどうだっていい」

「………」

「って、思ってたのに、人間、欲なんて際限ないんだから困るよな」


相変わらず、何を言ってるのかさっぱりだ。

私は肩をすくめた。



「でもそれが生きるってことじゃないの?」


キョウは私の言葉に何も言わず、目を落として悲しそうな顔で笑うだけ。


私には奏ちゃんがいる。

だけどこの人には誰もいないんじゃないかと、その顔を見つめながら私は思った。

< 39 / 270 >

この作品をシェア

pagetop