狂想曲
聞いた話によれば、人間は元々みんな絶対音感を持ってるらしいけど、でもちゃんと鍛えなきゃ5歳くらいまでで消えてしまうらしいし、後になって身につけることは不可能なのだとか。



「ちっちゃい頃から音楽やってるの?」

「ピアノ弾いてた」

「……過去形なんだ?」

「今は弾けないし弾く気もないけど」


そう言うと、キョウは自らの開いた手の平に目を落とした。

小傷にまみれた長い指。



「辞めちゃったなんてもったいないね」

「別に。俺は中途半端に上手かっただけで、音楽家になれるほどの腕なんてなかったから。そんなやついくらでもいるだろ?」

「だからって辞めちゃうなんて」

「人並み程度のピアノの演奏なんて、誰の、何の役にも立たないんだよ。それより勉強できるやつの方がずっと求められる」


キョウは絶対音感があってピアノが弾ける人。

勉強ができる人の方がこの世には多いのに。


だからやっぱりもったいないと思った。



「趣味でも続けられると思うけど。ピアノ、好きじゃなかったの?」

「好きだったよ。好きだから弾いてた。だけど、違ったから、もういいんだ」


何が『違った』のだろう。

キョウは再び私に目をやった。



「それより暇してんだろ?」

「え? あ、うん」

「飯行くか?」

「あ、……うん」


話は逸らされたのだろうか。

私の生返事を聞いたキョウは「向こうに車止めてるから」と言って先を歩き出した。


私は慌ててその後を追う。



空から地鳴りのような音が響いた頃だった。

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