狂想曲
店を出たら雨が降っていた。
私たちは急いで車に乗り込んだ。
服についた雨露を払っていると、キョウはエンジンを掛けながら聞いてきた。
「送るか?」
「帰りたくないって言ったら?」
「甘えやがって」
キョウは鼻で笑う。
「じゃあ俺んちでいいか?」
「え?」
「何? それともやっぱり“私のことを好きかもしれないお兄ちゃんが待ってる家”に帰るか?」
嫌なことを。
私は肩をすくめて見せる。
キョウは煙草を咥えてアクセルを踏み込んだ。
「今日は随分と優しいんだね。よく喋るし」
「何が」
「いいことでもあった? いつもはもっと怒ってる顔してるじゃない?」
「してねぇよ」
「してるよ。こーんな感じ」
私はわざとらしく自分の両目を引っ張って見せる。
「俺そんなブサイクじゃねぇだろ」
キョウは声を立てて笑った。
嫌いなはずの雨の夜に、楽しそうに、笑っている。
「やっぱりゴキゲンじゃない」
呟いて、私は窓の外を見る。
ワイパーが雨を弾く。
弾いても、弾いても降る雨は、いくら嫌がっていても訪れる明日と似ていると思った。