狂想曲
「紹介してくれればいいのに。俺も律の兄として挨拶くらいしときたいし」

「だからそういうのじゃないってば。勘弁してよ」


息苦しい。


キッチンに立ってインスタントのコーヒーを作りながら、椅子に座ったままの奏ちゃんと、背中同士を向け合ったままする会話。

まるで腹の底の探り合いみたいだ。



「あ、そうだ。カレシといえばさぁ。百花、また新しいカレシできたらしいよ」

「そう」

「すごいよねぇ。むしろ羨ましいくらいだよ」

「そうだね」


逃げ出してしまいたかった。

瞬間、突然席を立った奏ちゃんにびくりとして、顔を向ける。



「出掛けてくる」

「あ、うん。いってらっしゃい」


私は作った笑顔を向けた。



「律」

「うん?」

「これでも心配してるんだからね。だからもう無断外泊はしないでね」


奏ちゃんは、王子様みたいな、完璧なホストの笑みを返してくる。


私は、怒られなかったことにほっと安堵する一方で、逆に怖いな、と思った。

奏ちゃんはいつも、本心を隠している時ほど、にこにこしてるから。



「じゃあ、行ってくるから。戸締りしときなよ」

「うん。奏ちゃんも気をつけてね」


私は奏ちゃんを送り出した。

玄関のドアがパタンと閉まったのを確認してからやっと、作ったコーヒーに口をつけることができた。


兄妹なのに、綱渡りみたいな関係だ。

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