狂想曲
「ごめんなさい」

「何で謝るの。俺は俺の都合で勝手にあんたに会いたいと思っただけなんだから、あんたがどう思ったかはまた別の話だ」


キョウは短くなった煙草を灰皿になじった。


私は、聞くべきなのか迷ってしまった。

でもあまりにも沈黙に耐えられなくて、聞いてしまった。



「お母さんのこと、好きだったの?」

「わかんない。でも、好かれたかったし、認められたかった」


キョウはまた彼方に建つ病院を見つめた。



「あの人な、音大でピアノ専攻してたけど、有名な先生か何かに『そんな短い指じゃせいぜいピアノ教室の先生にしかなれない』って馬鹿にされたらしくて」

「………」

「だから俺は夢を託されたっつーか。俺は、俺がピアノ上手くなればいいんだ、って思い込んで必死に練習したんだ。そしたら褒めてくれると思ってた」

「………」

「でも結局、俺はどんなに努力したって才能があったわけじゃなくて。蛙の子は蛙なんだよ、所詮」

「………」

「おふくろはさ、多分、それにさえショックを受けたんだろうけど。そんで病気が悪化してって」

「………」

「親父がおふくろを入院させたんだよ。世間体のために。あんなに遠い山の上の病院に」

「………」

「そんで俺には『ピアノなんて役に立たない』、『勉強がすべてだ』って言って、ものさしとかで殴るわけ」

「………」

「けど、俺はそれにすら応えられなくて。俺が中学受験失敗した時の親父の顔は、絶望とか怒りとかで、すんごい形相でさ。あれは怖かったな」

「………」

「俺が背中見られたくなかったのは、ただ単純に、やけどの痕があるからなんだよ。折檻っつーの? 人に見せれるようなもんじゃなくて」

「もういいよ」


私は堪らずそれを遮った。



「もう、いいから」
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