狂想曲
じゃあ、例の好きな人とやらはどうなったの?

とは、やっぱり聞けない。


私は聞かないままでいることを選んだ。



そうでなければこの関係は成り立たない気がしたから。



キョウは私を膝に乗せたままに、上体だけを反転させて、後ろにあるつまみに手を伸ばした。

初めてちゃんと見た、キョウの背中。



「ねぇ、これ痛いの?」


私はキョウの背中の古傷に指先を這わす。

右の肩甲骨の辺りは、少しケロイド状になっていた。



「普段はそうでもないけど、雨の日は痛む」

「何で?」

「さぁ? でも、何かそういう人って多いらしいぞ。雨の日は手術痕がズキズキするっていう話とか、よく聞くし。湿度とか気圧とかもあるんじゃね?」

「ふうん」

「でもまぁ、痛むのが嫌っていうよりは、痛むと思い出すから嫌っていうか」


だからキョウは雨が嫌いなのだろう。



「記憶ってさ、事実を捻じ曲げるじゃん? こうだった気がするって思ったら、段々そう思えてくるっていうか」

「うん」

「だから、自分で余計、恐怖心を増幅させてるだけなのかもしれないけど」


私にはわからない痛み。

キョウはずっとそんなものを抱えて生きてきたのだろうか。



「あんま触るなよ」


手をどかされた。

私は口を尖らせながら、キョウの膝の上で丸くなる。
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