狂想曲
私は心底いたたまれない気分だった。


『何年も何年も前から、俺が一方的に想ってるだけ』

いつかの会話が鼓膜の奥に蘇ってきて、ビールの苦味が嫌に喉に沁みた。



「トオルさん、何不安になってんの。だったらこんなとこで人の肉つつく前に、早く帰ってやりなって」

「うるせぇよ」

「うるさいとかじゃなくて、邪魔なんだって。俺今、律と飯食ってんだから」


私のカルビを咀嚼しながらの、トオルさんの目がこちらに持ち上げられた。



「りっちゃんっていうだぁ?」

「え? あ、はい」

「今度キョウと一緒にうちの店に来いよ。コーヒー奢るし」

「はぁ」

「うちの嫁のアップルパイ、看板メニューだからさ。ついでに食ってって」


私はまた、曖昧に「はぁ」としか言えなかった。


キョウの好きな人の旦那さん。

細めた目が、私を睨んでいるみたいで。



「トオルさん、その顔怖いって。あんま俺のカノジョ困らせてやんないでよ」

「俺はただ店に来てくれてって言っただけだろ」

「でもその顔で言ったら脅迫だから」

「お前、ちょいちょい俺のこと悪く言うよな。他のやつならシバいてるとこだぞ」


それでもキョウは笑っていた。

トオルさんはついには呆れたような顔になり、鉄板の上にあった肉をすべて平らげて、立ち上がる。



「じゃあ、ごちそうさん」


手をひらひらとさせて去っていくトオルさん。


私はそこでやっと息をついた。

キョウも脱力したように背もたれにもたれかかり、煙草を咥える。



「あー、疲れた。あの人、結婚してちょっとはまともになったと思ったけど、やっぱ生まれ持った傍若無人っぷりは変わんないねぇ」
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