天体観測
前橋隆弘、つまり恵美の一歳下の弟は、二年間一度も目を覚ましていない。いわゆる植物人間だ。
二年前の比較的涼しい夏、隆弘は轢き逃げにあったのだった。一日中人通りの多い道にもかかわらず、目撃者は皆無で、さらに不幸なことに、はねた物の部品すらも見つかっていない。だから警察もお手上げ状態で、今尚、犯人を探し出すことはできていない。
事故直後の恵美は、今と比べものにならないくらい泣き崩れて、自分自身もそれが原因で入院して、それでも泣き続けて、弟の不幸を嘆いた。それはきっと、事故の原因が少なからず自分にあると思いこんでのことだろう。
でも実際は、どこの家でもごく当たり前に行われていることなんだ。
弟に買い物を頼むなんて。
その時の僕はと言えば、今と同じようにただただ泣いている恵美をぼんやりと眺めていた。当然、「泣くなよ」なんて口が裂けても言えなかった。
だいたい、僕らにとって、こんな出来事は、ドラマの中の話でしかなかったのだから、それがいざ目の前で起こっても、本当に何をしていいのかわからない。ただ慌てふためくか、怒りと悲しみで涙を流すか、その涙を流す人を黙って眺めるくらいしか出来ないのだ。
今にして思えば、もうこのときには、恵美は自分の進路を決めていたのだろう。
いつ目覚めるかわからない隆弘のために、人生のターニングポイントを捧げることを、決めていたのだろう。
僕が恵美の立場なら、こんな選択出来るだろうか。なんの見返りも期待できない先行投資を、兄弟とはいえ、自分以外の誰かの人生のために、出来るだろうか。
僕は軽く舌打ちをして『星に願いを』をラジオに切り替えた。外は暑い。ラジオは丁度、天気予報がはじまっていた。
最高気温は三十五度。
太陽はまだ高い。
二年前の比較的涼しい夏、隆弘は轢き逃げにあったのだった。一日中人通りの多い道にもかかわらず、目撃者は皆無で、さらに不幸なことに、はねた物の部品すらも見つかっていない。だから警察もお手上げ状態で、今尚、犯人を探し出すことはできていない。
事故直後の恵美は、今と比べものにならないくらい泣き崩れて、自分自身もそれが原因で入院して、それでも泣き続けて、弟の不幸を嘆いた。それはきっと、事故の原因が少なからず自分にあると思いこんでのことだろう。
でも実際は、どこの家でもごく当たり前に行われていることなんだ。
弟に買い物を頼むなんて。
その時の僕はと言えば、今と同じようにただただ泣いている恵美をぼんやりと眺めていた。当然、「泣くなよ」なんて口が裂けても言えなかった。
だいたい、僕らにとって、こんな出来事は、ドラマの中の話でしかなかったのだから、それがいざ目の前で起こっても、本当に何をしていいのかわからない。ただ慌てふためくか、怒りと悲しみで涙を流すか、その涙を流す人を黙って眺めるくらいしか出来ないのだ。
今にして思えば、もうこのときには、恵美は自分の進路を決めていたのだろう。
いつ目覚めるかわからない隆弘のために、人生のターニングポイントを捧げることを、決めていたのだろう。
僕が恵美の立場なら、こんな選択出来るだろうか。なんの見返りも期待できない先行投資を、兄弟とはいえ、自分以外の誰かの人生のために、出来るだろうか。
僕は軽く舌打ちをして『星に願いを』をラジオに切り替えた。外は暑い。ラジオは丁度、天気予報がはじまっていた。
最高気温は三十五度。
太陽はまだ高い。