天体観測
「驚くなよ」

「やっぱり何かあるんだね?」

「ああ。だから何日か前にお前からそう言われて内心驚いた。こいつはどこまで知っているんだと考えた。まあ、それはとんだ杞憂だったわけだが」

「たしかにそのときには父さんに殴られるなんて夢にも思わなかったよ」

僕は少し腫れた頬を父さんに向けて強調した。父さんは珍しく笑った後、申し訳なさそうに「悪かったな」と言った。

「別に気にしないよ。生意気な僕が悪い」と、一応弁護したものの、腫れた頬はまだ父さんの方に向けている。

「神目貞照だ」と、余りに唐突に父さんが言ったので、僕はすぐに反応が出来なかった。

「え?」と、僕は再確認する。

「だから、神目貞照だ」

「何が?」

「お前が聞きたかったことの答えがだ」

僕は頭の中で「神目貞照」という固有名詞を繰り返す。それは聞き覚えのある名前だった。しかも、ごく最近、関心を持って、その名前を見た。間違いない。

中身が茹であがるくらい僕の頭の中は混乱した。

言葉が上手く出そうにない。けれど言わなくてはいけない。確認しなければいけない。僕は一度喉を鳴らして、言った。

「神目貞照?」

「ああ」

ひどく喉が渇いている。僕はミネラルウォーターを一口飲んで、もう一度言う。

「裏があるんじゃなくて、裏しかなさそうだ」

「かもしれないな」

神目貞照。自殺した府議。ブラウン管の中の存在。僕は深くため息をついた。
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