天体観測
チャイムを鳴らす。甲高く、上品な音が家の中に響くのが聞こえる。人の気配はする。けれど出てくる気配はない。きっと僕をマスコミか何かと勘違いしているのだろう。

僕はもう一度チャイムを鳴らす。しばらく待っても、やはり反応がない。  

もう一度鳴らそうかも思ったけれど、止めて、車に戻ろうとしたとき、インターフォンから声が聞こえてきた。

「どちら様?」と言った女性の声は若い印象を受けた。たしか神目貞照は五十代だったはずだから、娘といったところだろうか。

「大阪府民ですよ」と、僕は返した。

「マスコミなら帰ってちょうだいね」

「そこから見える顔が、マスコミに見えますか?」

「カメラは壊れてて見えないわ。誰かがそこを叩いたのよ」

たしかによく見ればインターフォンは傷だらけだ。マスコミが押し寄せてなったとは考えにくい。怒り狂った府民の誰かがと考えたほうが自然だ。

「とりあえず僕はマスコミなんかじゃありません。もちろん府議の事件のことを聞きに来たわけでもありません」

「じゃあ何を聞きに来たのよ」

僕は本当のことを言うべきか迷った。正直なところ、僕は隆弘の事故は府議の斡旋収賄に繋がっている気がしている。インターフォン越しにいる女性がそれを知っていたならばすべてが終わってしまう。

僕は何か口実になりそうなものを探した。そして、あるものが目に入ってきた。インターフォンが壊れているのを忘れて、僕はカメラの死角で小さくガッツポーズをした。

オホンと、一つ咳払いをして、僕が言った。

「僕はあなたに用があるんですよ。薫さん」
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