天体観測
家の造りや内装に比べて、コーヒーの味はひどいものだった。何故か半透明で、ブラックを注文したにもかかわらず、砂糖が入っている。きっと今まで一度たりとも自分でコーヒーを入れたことなどないのだろう。使用人とか、家政婦とかそういった類の職種の人々に甘やかされて育てられたことが、コーヒー一杯でわかった。

僕は極力嫌な表情が出ないように、一気にそれを飲みほした。

「お代わりはいかが?」と平気な顔をして、神目薫が聞いてきたので、僕はそれを全力で断った。

「僕の口には上品過ぎるようです」

「あら、そう」

「広いお宅ですね」

「どうせ汚いお金で買ったとでも思ってるんでしょ」

「汚いのは金じゃありません。使う人です」

「同じことでしょ」

「ところで御夫人は?」

「ママならいない。事件が明るみになった途端に『実家に帰らせてもらいます』って言って出ていったきり、お葬式にも現われなかったわ」

「そうですか」と言って、僕は目を泳がして、何かこちらに有利に働くものがないか、探してみた。しかし目につくのは、神目薫の見事なまでの黒い髪だった。

見た目から察するに、年齢は大学を卒業したくらいだろうか。当然はっきりとはわからないけれど誤差はそれほどないだろう。顔は恵美や雨宮を見慣れてしまった今では少し物足りない程度だが、髪がそれを十二分に補っている。

「あまりじろじろ見ないでくれる?」と神目薫に言われるまで、僕は彼女を観察していたのだろうか。

僕はまた我に返り、気まずさのあまり俯いてしまった。
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