天体観測
「この前にみたいに、キスしてくれへんの?」

「何で?」

「そういう雰囲気やんか」

「そうか?」

「ロマンチックじゃない?」

「そうかな?」

「何億という星の下、若い二人は星の輝きに負けない……みたいなん」

「そんなの朝方にしたって、昼間したって、何億という星の下だ。見えないだけで」

「じゃあこの前のは何なんよ」

「あれは偶発的というか衝動的というか、恣意的というか……全部だな」

「それってその中の一つでも欠けてたらどうなってたん?してなかった?」

「まあ、そうなるかな」僕はあっさりと言った。

「呆れて、何も言われへんわ」

「ある種の奇跡だよ。俺の中でその三つが揃うなんて。だからさ、貴重なことなんだ。もう、この先ないかもしれない」

「そういうことって、さらりと言っていいことちゃうよ」

僕らは天井を見上げながら、こんなやり取りを続けた。お互いがお互いを意識しているけれど、相手のほうを見ることが出来ない。それはある意味儀式的だった。

「代わりになるかわからないけど」と言って、僕は恵美の手を握った。

さすがの恵美も、顔を下げて僕の方を見る。

「これが今の俺の精一杯だ」
< 153 / 206 >

この作品をシェア

pagetop