天体観測
僕らがHIROに戻ると、カウンター席に、村岡と雨宮がいた。僕と恵美は二人を一瞥して、席に座る。僕らと村岡たちの間には、一つ席が空いている。

マスターが僕らにアイスコーヒーを持ってくる。その動きはぜんまい仕掛けのからくり人形のようにぎこちない。それを見て、恵美が笑う。そして僕の耳元で、囁いた。

「きっと阪神負けてんねんで」

僕は首を捻り、「どうだろうな」と答えた。案外、違う理由なんじゃないかと思う。何があったかはわからないけれど。

「お二人さんは仲睦ましいことで」マスターが僕らに笑いかける。

「あら、わかる?」

「肌の艶が違うね」

「やって、司。どう?」

恵美が両手を頬に添えて、僕にアピールする。僕はそれを無視して、村岡に言った。

「ありがとう。世話かけた」僕は椅子に座りながら、しっかりと頭を下げた。

雨宮が緊張した様子で、僕を見ていた。

「別にええけど……腑に落ちん」

村岡がカウンターに置いてある、レモンスカッシュを飲んだ。またカウンターに置くと、中の氷が崩れ、涼し気だがどこか無常な音をたてた。

「何が?」と、僕が言った。

「俺らだって、奏に来た。ほんで、マスターにも聞いた。でもマスターは教えてくれへんかった。そういうのって納得いかんくないか?俺だって、雨宮だって心配したって点では足立と変わらんやろ」

僕は横目でマスターを睨む。マスターは目で「すまん」と言っていた。僕は、村岡も雨宮も傷つかない言葉を探そうとした。けれど、止めた。見つからないからじゃない。ただ、そんな言葉で納得してもらうわけにはいけない。そう思ったからだ。

「恵美を見つけるのは俺でなくちゃいけなかった。それだけだよ」
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