天体観測
暫らくの間、沈黙が流れる。恵美は僕のシャツの袖を引っ張り、少し震えている気がする。マスターは僕の言葉に呆気にとられたのか、口をあんぐりと開けて、僕を見ている。

「それ本気で言ってんのか?」村岡の声には少しばかり、怒気が混じっていた。

「ああ」

再びの沈黙の後、僕と恵美以外の三人が盛大に笑った。あの雨宮でさも、いつものクスクス笑いではなく、大口を開けて笑っている。

僕と恵美は状況がうまく把握できずにただ、呆然とその光景を見ていた。

「『恵美を見つけるのは俺でなくちゃいけなかった』やって。立派な男になったな。少年」マスターが言った。けれど、発言と笑いとの割合が不均等すぎて、僕はうまく聞き取れない。ただ、ニュアンスだけが伝わってきた。

「足立くん、かっこいいよ」雨宮が言う。

「何かこっちが恥ずかしいな。鳥肌たったわ」最後に村岡が言った。

「うるさいよ」僕が言う。

「恥ずかしがらんでもいいやんか」これは何故か恵美が言った。

三人の笑いが治まるまで、僕はコーヒーを飲んだ。不思議と腹は立たなかった。これも僕の変化なのだろうか。だとしたら僕はたしかに立派な男になったのかもしれない。けれど、やられっ放しは好きじゃない。僕は標的をマスターに絞って、言った。

「マスターも母さんにそれぐらいのこと言ってやれよ」

「また今度な」

マスターは僕の攻撃を回避するでもなく、反撃するでもなく、曖昧にした。具体的なはずの言葉を、一言で抽象的にしてしまった。そのおかげなのか、雨宮を除く二人には、僕の言ったことが理解できていないようだった。

「それより、踏絵を平気で踏むキリシタン大名の話してよ」

僕の後ろで、恵美が言った。その途端に、何故か三人の目が星のように輝いた。
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