天体観測
「それ、ただの例えだから。そんな感じの人だなって」

「ええやんけ。話せよ」

僕は三十分ほどかけて、神目薫のことを話した。ただし、彼女の名前と、彼女がやったことと、僕が泣いたこと以外だ。話し終わった後の、それぞれの反応がすごくおもしろかった。マスターは「その人とは仲良く出来そうや」と言い、雨宮と恵美は「何か高飛車で嫌な感じ」と言い、軽く僕を傷つけた。そして、村岡は、「そんなことあったんか」それだけだった。

僕らは、その後、一時間あたりさわりのない会話を交わした。中身なんてあるようでない無意味な会話で、記憶にもあまり残らない会話だった。唯一、僕の頭の中に入ってきたのは、明日、雨で延期になった夏祭りがある。それだけだった。

十時を半分くらい回ったとき、雨宮の携帯電話が鳴った。曲は最近のポップで、僕にはよくわからなかったけれど、恵美は軽く口ずさんでいた。

「もう……帰って来いって」雨宮が申し訳なさそうに言った。

「じゃあ、俺も雨宮を駅まで送って帰るわ。ちょうど駅の方にバイク停めてるし」

そう言って、雨宮と村岡は寄り添って帰っていった。

「あの二人……もしかして?」恵美が僕に向かって言う。

「そういうのは俺よりもマスターにどうぞ」僕は顎をマスターの方に向ける。

マスターが「ありえるな」と言って、二人はクスクスと笑った。

「ところで、少年。事件の方はどうなってる?」

恵美の身体が強張ったのがわかった。僕はカウンターの下で、恵美の手を握る。

「正直に言って、目星はついてる」

マスターが目を見張って僕を見る。恵美の手がよりいっそう強く、僕の手を握る。

「いつわかってん?」

「今日」

「今日?」

「ついさっきさ」
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