天体観測
マスターは意外なほどあっさり、僕に地図を描いてくれた。そのときには、もうマスターの顔はいつものマスターの顔だった。

僕は「帰るよ」と言って、席を立った。少し出口の方に向かったとき、僕を呼び止める声がした。

「何?」

「行くんなら明日の午前中にしとき」

「そのつもりだよ」と、僕は言った。けれど、どうにも後味が悪いので「けど、どうして?」と付け加えた。

「前にも言ったけど、警察もそこまでバカじゃない。もしかしたら、すでに逮捕状を請求してるかもしらん。そういうことや」

「たしかに、沽券に係わることだからね」

「一応忠告しといたぞ」

「じゃあ、僕からも忠告しておくよ」

「何や?」

「実の息子から見て、母さんはかなりモテるタイプだよ。年上好きの若者なら、放っておかないんじゃないかな」

「気をつけるわ」

「うん」と、言って僕は店を出た。

外は、昼間とは違って涼しかった。夏らしくない風が吹いていて、むしろ肌寒いくらいだった。僕は少し、奏の前でぼーっと空を眺めた。月はいまだに空の王者だった。圧倒的な大きさで、僕を見下ろしている。ここの空気が汚いからなのか、はたまた、僕自身が捉えきれていないだけだったのかはわからないけれど、星を見ることは出来なかった。

ここで星を見ることが出来ていたらならば、少しは違った展開になっていたのだろうか。どんな小さな六等星でもいい。見ることが出来ていたならば、僕はこんな思いをしなくて済んだのだろうか。

僕はまた、隆弘の言葉を思い出す。

『嫌なことや嬉しいことがあっても、どんな結末を迎えても、全てを受け入れてください』

結末はまだ見えない。けれど、それはもう、直ぐそこに迫っていた。
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