天体観測
国道176号線を、南に数キロ走ったところに、目的地があった。

僕はそこの駐車場に車を停めた。その建物は、大企業にはほど遠く、中小企業とも呼べるか定かではないくらい、こじんまりとした佇まいだった。本当にこんな小さな会社が、収賄事件に関わっているのだろうか。そうとも思わせてくれる。もしかしたら、僕はそうであって欲しいと思ってるのかもしれない。このまま、ここ以外の何処かに行きたい気させする。けれど、そうするわけにはいかない。マスターの笑顔が、母さんの言葉が、そして恵美の涙が、僕に力を与えてくれているのだから。

僕は意を決して、車を降りる。昨日とは違う、緊張感が僕を支配する。

怖くないと言ったら嘘になる。本当は逃げ出したいほど怖い。けれど、警察に任せるわけにはいかない。僕らの物語は、僕の手に委ねられている。ピリオドをうたなければいけない。

それが、僕の使命だと身体に言い聞かせて、足を一歩前に出す。もう一歩、もう一歩と繰り返すうちに、いつしか僕は、ドアの前に立っていた。

ドアに書かれている文字を見て、僕は一つ、大きく深呼吸をする。

間違いなかった。僕とマスターの予想は的中していた。僕は、それに落胆しつつ、ドアをノックした。

出てきたのは、二十代前半ぐらいのいかにも若者らいい男だった。

男は珍しそうに僕を上から下まで見て、「何用ですか?」と、業務的な言葉を投げかけてきた。

「社長さんに会いたいんですが」

「だからご用件は?」

「神目薫と言ってもらえれば、伝わると思います」

「用件言ってもらわないと困るんだけど」

「そう言われましてもね。わかりました。僕は中に入りません。だから社長に神目薫が来たと伝えてください」

男は僕が見てもそれだとわかるほど、不機嫌な声で「ちょっと待っとけ」と言って、ゆっくりとした足どりで、奥に向かった。

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