天体観測
「お茶をお持ちしますので、しばらくお待ちください」

「お茶はあまり好きではないので、出来ればコーヒーをお願いできますか?」

「かしこまりました」

彼女は「失礼します」と、言うと上品な動きで、部屋を出ていった。

僕は嫌な感じのするソファに座って、目だけで部屋の中を見渡した。

煌びやかな装飾の中で、一際目を引いたのは、この場所には相応しくない、草臥れたサッカーボールだった。そこだけが、現実だった。そこだけが、真実だった。無理に、頑張りすぎた結果だった。もっと違う企業努力をしていれば、こんなことにはならなかったかもしれない。

こんこんと、ノックの音がして、業務的な女性がコーヒーを持って戻ってきた。

「お待たせいたしました」

彼女はそういうと、コーヒーをマニュアル通りに僕の前に置いた。

「別に喫茶店じゃないんですし、もっと崩してもいいんじゃないですか?」

僕はコーヒーをすすりながら、言った。

「お客様に変わりはありませんので」

「でも、僕はあなたと仕事の話をしに来たんじゃない。それはわかっているでしょう?」

「あなたが、何をしに来たか、それはわかりません。けれど、そんなことは関係ありません。私は、雇われの身です。ですので、社長の命令に背くわけにはいきません」

「まるで、侍みたいな生き方ですね」

「かもしれません」

「立派ですよ」

彼女が深く頭を下げた。

「ありがとうございます」

「秘書なんですか?」

「はい」

「そうですか」と、言った後、コーヒーを飲もうとしたとき、誰かが、部屋のドアを、荒々しくノックした。

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