天体観測
僕は焦っていた。このまま、警察が来たとしても何の問題もない。ただ、事情聴取をされるだけで、済む。けれど、それではダメだった。

「あの……社長」と、僕は聞く。

「何でしょうか?」

「少し違う質問をしてかまいませんか?」

「かまいませんよ」

「父のことで、少々聞きたいことが」

社長の顔が、一瞬ではっきりとわかるほど、青ざめた。そして、黒縁の眼鏡越しに、僕を見つめてきた。その表情は、僕の言った言葉を咀嚼しているようだった。

「どんなことでしょう?」

「あなたは、父の後援会員でしたよね?」

「はい」

「収賄事件に関して、あなたが知っていることを全部話してほしいんです」

「私は何も知りません」

「僕が二年ほど前に帰省したとき、あなたと父が、話しているのを聞きました」

「選挙期間中でもないのに、会ったりしません」

「隠しても無駄なんです」

「薫さんは、私が先生と談合したと。そう言いたいんですか?」

「早い話が、そういうことです」

男がにやりと笑い、立ち上がって、僕の隣に座った。

「証拠は、あるんでしょうな?」

「いいえ」

男が、今度は高らかに笑った。何をバカなことを言っているんだと、聞こえてくるようだった。

「薫さん。それは名誉毀損ですよ」

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