天体観測
僕は後ろ手でドアを閉め、出口へ向かった。途中ですれ違う、従業員の視線が痛かった。軽く立ち眩みがするほどに。

外は変わらず暑かったが、それがなんとも心地よかった。殺されるとは到底思えなかったが、生きて帰れるとは思わなかった。それほど、危険なことをしたんだ。

ドアを開け、車のエンジンをかけて、僕は備え付けの時計を見た。時刻はもう、一時になろうとしていた。

「ちょっといいですか?」

後ろから声がした。首だけで声のする方を向いた。その先には、実務的な声の女性、御幸さんが立っていた。

「はい」と、僕は手短に終わらせようと、わざと短く返事をした。

「何故……あなたはあの人を……」

「それが僕の目的ではないから」

「でも、あなたにとっては有益なことでは?」

「僕にとって何が有益かは、僕が決めることです」

「一躍、府の英雄扱いですよ」

「名誉のためにやっているんじゃないんです」

「じゃあ……どうして」

「あなたには関係ない」

「……」

「そんなことを言うために呼び止めたんですか?それなら、僕は行きます。別に暇じゃないんですよ」

僕は車に乗り込んで、一回エンジンを吹かた。御幸さんは運転席の僕を、じっと見つめている。

僕はアクセルを踏んだ。エンジンが空回りするんじゃないかと思うぐらい、強く。

ステレオからは自動的に『星に願いを』が流れる。バックミラーの中の御幸さんが、何かを叫んでいる。僕には「ありがとう」そう言っているように見えた。

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