天体観測
僕らの世界は、いつの間にか夕方と夜の間に突入していた。右腕の時計は、五時三十分を指している。なのに、薄暗い。僕らを包む世界のシステムが、おかしくなっているのだろうか。

「俺な、だいぶ前から足立のこと気になってたんや」

村岡は話題を変えた。何の脈絡もない台詞を、僕に投げかけた。僕は、どう対処していいか困ってしまって、「何が」としか言えなかった。

「うまく説明できひんけど、違うよな。お前って。でも、それを全然苦にしてない。それが、かっこよかった」

「ただのアンチテーゼだ」

「世の中には、同じような奴いっぱいいる。だから、お前みたいなカウンターウェイトが必要なんや」

「そんな大袈裟なものじゃない」

「自分ではわからんだけや」

「そんなものなのか?」

「さあな」

「なんだよそれ」

「まあ、少なくとも俺はそう思うぞ。何て言えばいいかな……。狼……そうや、狼やな。自分と、自分に関係のある存在しか、いらん。そういう感じや」

僕は母さんの言葉を思い出す。僕は、たしかに父さんの子供だ。飼い犬になれない、一匹狼。でも、それも悪くない。村岡の言うように、自分と、その周りのことがよければそれでいい。僕自身と、恵美が笑えればそれでいい。

「母さんにも同じようなこと言われたよ」

「やっぱりか」

「飼い犬にはなれないってさ」

「まあ、狼も、所詮は犬やけどな」
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