天体観測
「痛いやんけ」

村岡が、口に溜まった血を吐いて、言った。

「帰ってこい。今ここで約束しろよ。あんな曖昧なこと言うな。今の一発返しに来い」

右の頬をさすりながら、村岡は笑った。その笑顔は、正直な話、相当美しかった。眩しかった。僕らはこの瞬間、本当の意味で友達になったのかもしれない。

「俺のは痛いぞ。お前みたいな奴には耐え切られへん」

「鍛えておくさ」

「帰ってくるわ。お前に一発返しにな」

「それでいいんだよ」

しばらく、僕らは薄ら笑いを浮かべながら、お互いを見ていた。

『青春は短い。宝石の如くにしてそれを惜しめ』昔、誰かがそう言った。たしかに、青春というは宝石のように貴重かもしれない。けれど、僕らの青春は宝石なんて生易しいものじゃない。一等星、いや、恒星よりもずっと輝いている。

「あの日な……」と、村岡が切り出した。

「あの日?」

「公園で話した日」

「ああ」

「ホンマは、全部話そうと思ってたんや。楽になろうと思ったんや」

「そうだったのか」

「でも、言えんかった」

「何で?」

「逃げたくなかったからや」

そう言うと、僕の返事を待つことなく、村岡は踵を返して国道に向けて歩いてはじめた。僕はこれ以上何も言えなかった。ただ、村岡を黙って見送った。自然と涙が溢れてくる。けれど、僕はそれを拭わずに、涙で霞む村岡の姿を追っていた。
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