天体観測
僕は起きたとき、頭がうまく働かなかった。今までいた非現実な宇宙とは違う、明らかな現実に戸惑ってしまって、ここがどこだかわからなかったのだ。

しばらくぼっーとしてから、僕は辺りを見回して、ようやくどこだかわかった。

ここは滝の傍にある、売店の座敷だ。

すぐ横を見ると、村岡が顔にタオルをかけて寝ていた。顔はわからないけれど気持ち良さそうに寝ているように見える。雨宮は体を横に向け、足で手を挟んだコンパクトな形で寝ていた。雨宮の寝顔は見ることができたけれど何故か見る気にはなれなかった。

恵美はここにはいなかった。妙な胸騒ぎがした僕は、店員に聞いてみようと思ったけれど、聞かずに外へ出ることにした。

外は眠気が吹き飛ぶほど肌寒く、頭がすっきりしてきた。

「恵美。いるか」と僕は少し大きめの声で言った。やはり見物客のいないここでは恥ずかしさもなかった。

「ここにおるよ」

声は滝壺の近くにある、河原のようなところから聞こえた。恵美はそこで、予め持ってきていたのか、売店で買ったのかわからないキャンピングマットを敷いて、座っていた。

「こんなところにいたんじゃ濡れるぞ」

「うん」

「いつ起きた?」

「三十分くらい前かな」

恵美は髪が飛沫で濡れていたにもかかわらず、それを拭こうともしていない。

「そんなとこで立ってんと、ここ来て座ったら?」

僕はそれに従い、恵美の隣に腰を下ろした。見た目とは違って、ここに降ってきているのは飛沫ではなく雨のようだ。

恵美と僕は、会話するわけでもなく、恵美は滝壺を、僕はその恵美をただ見ていた。水も滴るいい女とはよく言ったもので、今の恵美は僕が今まで見てきたどの恵美よりきれいだった。

僕は、その恵美の雰囲気に呑まれてしまったのかも知れない。気が付けば、僕は恵美に話しかけていた。

「夢を見たんだ。隆弘の夢を見た」

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